鎌倉五山
- ●鎌倉五山第一位・・・建長寺
- 1253年に北条時頼(時宗の父)が、大覚禅師・蘭渓道隆(らんけいどうりゅう)を開山として建立した日本最初の禅宗道場で、臨済宗建長寺派の本山。時頼の木像が安置されています。
- ●鎌倉五山第二位・・・円覚寺
- 1282年に北条時宗が、元寇における敵味方双方の供養のために宋の無学祖元を開山として建立した寺で臨済宗円覚寺派の総本山。円覚寺の中の塔中(たっちゅう=寺の中の寺の意で、現在18の塔中があります)の一つ「仏日庵」は時宗の廟所で、時宗と、子の貞時、孫の高時の三代の木像が安置されています。
- ●鎌倉五山第三位・・・寿福寺
- 1200年に北条政子が臨済宗の開祖・明庵栄西(みょうあんえいさい)を開山として建立した臨済宗建長寺派の寺
- ●鎌倉五山第四位・・・浄智寺
- 1283年に北条宗政(北条時頼の三男)の菩提を弔うために妻と息子の師時(もろとき)が建てた臨済宗円覚寺派の寺
- ●鎌倉五山第五位・・・浄妙寺
- 1188年に足利義兼(よしかね)が退耕行勇律師を開山として建てた密教系寺院であったが、現在は臨済宗に改宗
鎌倉五山は、山のことではなく、鎌倉時代に北条氏が中国の五山官制度にならって五山制度を設け、年々勢力を増す寺を管理下に置くために定めた制度で、この政策は後の足利氏も継承し、鎌倉五山と京都五山は足利義満が制定したとされています。
- 尼五山
- ●太平寺(廃寺)
- ●東慶寺・・・北条時宗が亡くなった翌年に、妻の祝子(覚山尼)が創建した尼寺(この寺で3年修行すると離縁できるという「縁切寺」。しかし、現在は男僧寺です。)
- ●国恩寺(廃寺)
- ●護法寺(廃寺)
- ●禅明寺(廃寺)
鎌倉五名水
- ●梶原太刀洗水
- 頼朝の密命をうけた梶原景時が、上総介広常を不意討ちした血刀を洗った湧き水
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- ●銭洗水
- 銭洗弁財天の洞窟内の涌き水で、源 頼朝の夢枕に立った宇賀福神のお告げによって発見された
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- ●甘露水
- 浄智寺門前にある甘露の井の水
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- ●日蓮乞水
- 旧名越切通しへの道にある井戸水で、日蓮が旅の渇きに杖を突き刺すと水が涌き出たという
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- ●金竜水
- 建長寺門前にあったが、道路拡張のために残念ながら埋没してしまった
じゅっせい
鎌倉十井
- ●星の井(星月夜の井)
- 行基菩薩が、この地で虚空蔵堂求聞持(こくうぞうどうこもじ)の法を修したとき、七夜井戸の中に三つの星が輝いて昼間でも星の陰が見えたというが、賤女が誤って菜切包丁を落としてからは見えなくなってしまったという
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- ●六角の井
- 保元の乱で伊豆大島に流された鎮西八郎為朝(頼朝の叔父)が、光明寺の天照山めがけて放った矢がこの井戸に落ちた伝説から「矢の根の井」ともいう
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- ●銚子の井(石の井)
- 井戸の形がお酒を注ぐ銚子の形をしていることから銚子の井という
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- ●棟立の井(破風の井)
- 山際の家屋の棟立(むねだて)のような形をした石の下から涌き出ている水で、弘法大師が掘ったといわれている
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- ●瓶の井(甕の井)
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- ●甘露の井
- 水がきれいで甘かったといわれる甘露水のある井戸
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- ●鉄の井
- 「くろがねのい」と読み、昔、この井戸から鉄の観音像が発掘されたことに由来する
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- ●扇の井
- 開いた扇のように掘られた形の井戸なので「扇の井」というが、義経の愛妾静御前が舞扇をここに納めたからともいわれている
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- ●泉の井
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- ●底脱の井
- ●星の井(星月夜の井)
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底脱(そこぬけ)は井戸ではなく、水汲桶のことで、昔、上杉家の尼がこの水を汲んだところ、桶の底が抜けてしまった時に詠んだ
「賤が女がいただく桶の底ぬけて
ひた身にかかる有明の月」
というこの歌に由来するが、一説には平 泰盛の娘(千代能)とも言われ、
「千代能がいただく桶の底ぬけて
水たまらねば月もやどらず」
というこの歌を詠んだからとも言われている
ななくち
鎌倉七口(切通し)
- ●化粧坂切通し(けわいざか)
- 討ち取った武将の首に「死化粧」をして首実検した「険しい坂」。また、この周辺に娼婦の家があり化粧した女が行き来したからともいわれている
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- ●亀ガ谷切通し(かめがやつ)
- 亀が登っていくと、ひっくり返るほどの急坂で、亀返坂とも呼ばれていた
●朝比奈切通し(朝夷奈切通し)
●極楽寺坂切通し
●名越切通し
●大仏坂切通し
●巨福呂坂切通し(こぶくろざか)
鎌倉七福神
●恵比寿・・・本覚寺
●大黒天・・・長谷寺
●弁財天・・・鶴岡八幡宮
●毘沙門天・・・宝戒寺(以前は安養院)
●布袋尊・・・浄智寺
●福禄寿・・・御霊(権五郎)神社
●寿老人・・・妙隆寺